NNH@Shingapore
2012年04月01日 日曜日 5:39 by "kazkondo"
またまた久しぶりのBlogです。
少し時間が経ってしまいましたが3月16日に小曽根真&NoNameHorsesでシンガポールのMosaic Music Festivalで演奏をしてきました。このフェスは10日間の間に世界中からいろいろなジャンルの音楽家が毎日日替わりでコンサートをしたり、いろいろな会場での演奏があったり、ワークショップがあったりと、音楽テンコ盛りなイベントです。
一昨年小曽根さんはソロでこのフェスに招かれて高い評価を得て、再演のお話が来て、ソロやトリオではなくNNHでと強くプッシュしていただいたようです。BigBandはメンバーだけでも人数が多いのですが、NNHは音響チーム、照明チームも大切なバンドの一部なのです。とはいえ今回は音響さんチームのみの参加でした。それにしても20名くらいの大所帯。旅費だけでも凄い金額です。BigBandで特に海外公演をするというのは本当に喚ぶほうも喚ばれるほうも大変な苦労を乗り越えなくてはなりません。あ、これはあくまでリーダーの小曽根さんや主宰の方、現地や小曽根さんのスタッフの皆さんのことです。僕らメンバーはその大変な事をある程度理解しつつ、、、いや、あまりわかってはいないか、とにかく僕らは演奏することに集中できるようにとても気遣われています。NNHでの海外公演はこれで4回目ですが、毎回本当に小曽根さん、スタッフの皆さんに感謝しています。
しかも今回は16日の本番の前日に現地でリハーサルもやらせていただけました。ですからほとんどのメンバーは14日にシンガポールに入ったのですが、僕とTpの奥村くんは14日に熱帯Jazz楽団のコンサートが随分前から決まっていたので、コンサートが終わってから深夜の便でしかも羽田発で移動させて頂きました。これはほんとに楽でした!深夜の羽田は混んでいないし朝7時に到着したシンガポールの空港も混んでいないし。
シンガポール空港はものすごく綺麗で、中でもバタフライガーデンという所にはなんと蝶がいるんです。空港の建物内でですよ!
現地スタッフさんに迎えに来ていただき7:30に無事ホテルに。朝ご飯食べてシャワー浴びて早速外に探索。しかし、東京との温度差約25℃。暑いけどなんだか気持ちがよかったです。
全くわからないけど適当に歩いたら、ありました!しかも両方見える。シンガポールといえば、
で、昼にホテルに戻りもう一度シャワー浴びて、さてリハーサルへ。Esplanade Mallという、巨大な建物の中に翌日本番をやるコンサートホールや劇場、小ホールなど沢山のスペースが入っている場所へ。ホテルから徒歩8分。その中のダンススタジオみたいなスペースでリハをやらせてもらいました。
久しぶりのNNH、でもずっとやってきたような安心感。相変わらず曲は難しいけど、でもなんだか安心する。またこのバンドでこのメンバーで音が出せる喜びというか、帰ってきたなぁ、みたいな気持ち。不思議です。
一通りのリハーサルの後、この夜はみんなで食事会!というのも昨夜は僕と奥村とエリックが遅れて到着し、明日本番が終わってそのまま帰国するメンバーもいるので、全員揃うのはこの夜だけなのです。というわけで全員でバスでちょっと離れた場所のシンガポール料理?中華かな?でも看板には日本語で「ちゃんこ鍋」って書いてる。でもまあ、とにかく美味しかった!名物のチリクラブも食べれたし。
そしてバスで帰る途中、この人、途中で降りてフラフラとチャイナタウンの街に消えていきました。変な人だ。でも誰も心配しないってのも慣れたものだ。さいなら〜。
この後どこからかワインを買ってきて中川英二郎くんの部屋で3人で飲んだのだけれど、シンガポールという国は食べ物が安くて美味しいのに、アルコールがめちゃ高いのです。日本のコンビニで売ってる1000円くらいのワインがなんとS$35くらい。つまり3倍以上。もっとすごいのはウイスキー。どうもアルコールの度数により税金が変わるようで、度数の高いハードリカーはめちゃ高い。
そして翌コンサート当日。お昼に、どうしても食べたかった名物チキンライスを食べに、シンガポールスリングで有名なラッフルズホテルのバーの下にあるエンパイアカフェというレストランに。ちょっと高かったけど、これがめちゃウマ!でも街中のフードコートの6倍くらいの値段。でも美味いから満足です。雰囲気もバッチリだし。
で、会場へ。なんと立派なホールでしょう。テンション上がります。
本番の演奏、凄かった!やはりすごいバンドです。っていうか小曽根さん凄すぎ!信之介もすげ〜!単独コンサートでしたが、もっとずっと演奏していたかった。終わった後はスタンディングオベーション。アンコールは客席乱入で吹きまくりで、盛り上がりました!
で、打ち上げ。なんだかこの写真、江古田辺りで飲んでるみたいです。
実は今回、あっちゃんこと池田篤さんが病気で参加できなくなり急遽代役を頼みました。ここからは自分がFacebookに書いた文章をそのまま載せます。
「No Name Horsesのシンガポール公演から帰国しました。三木俊雄さんも書いていますが、このバンドはいろいろな意味で、そしていろいろな部分でお互いの信頼関係がものすごく強いチームです。今回はあっちゃん(池田篤さん)が参加できなくなりその代役に小曽根さんと二人で話し合い佐々木はるかちゃんという昨年国立音楽大学を卒業したいわば新人プレイヤーにお願いしました。とはいえ彼女はあっちゃんのお弟子でもあり近年僕もレッスンしていて小曽根さんからの信頼もあります。もちろん他に素晴らしいアルトプレイヤーはたくさんいますが、今回はほんとに急なこと。彼女に実際に依頼したのは公演の10日くらい前。その間にあの難解な譜面を充分に練習してもらい、そして最も重要なことは我々のチームの一員にならなければならないこと。そこに存在する信頼関係に入るのは間違えずに譜面を吹くことよりも大変だと思います。その点で僕も真さんも考えは一緒で他のメンバーもそれを信じてくれました。そして結果は大成功。見事に彼女はその大役をやってのけてくれました。しかもこのバンドにはよくあることですが、本人には知らせず本番でいりなりソロに引っ張り出されましたがそれも見事にクリア。これで彼女は我々のチームのひとりになりました。
ジャズという音楽をやる場合、BigBandをはじめラージアンサンブルのバンドは人数こそ多いですがコンボ編成と同じくらいそのひとりひとりが重要な役目を担っています。彼女のお陰で今回はいつも通りの我々の演奏ができました。いえ、彼女の頑張りのお陰で普段どおりそれぞれが自分にそして音楽に集中することができたと言ったほうがいいかもしれません。
今回の公演でまたひとつチームの結束は固くなりました。そしてバンドはまたひとつ先に進んだと感じました。」
大人数のバンドを長くやっていると、ある程度くっついたり離れたりしながらそれぞれの人が自分の居場所と周りの人との距離感というか関係を作るものですが、NNHもやっとそれぞれの居場所が落ち着いたような気がします。そんな時のあっちゃんの欠席に、バンドは動じずみんなで静かにしかし力強くカバーできたと思います。バンドの力が強くなったと感じました。
今回もまた沢山の素晴らしい体験ができました。先にも書きましたが、小曽根さんをはじめ、スタッフの皆さん、現地Mosaic Music Festivalのスタッフの皆さん、そしてお越しくださった沢山のお客さまに心より感謝いたします。
あっちゃんの代役を務めてくれた彼女を見て、自分がもしかして薄れていたかもしれない謙虚さや直向きさを感じました。
常に新人のような気持ちを忘れず頑張ります!
シンガポールには必ずやまた訪れますよ。大好きな国です。
引っ越し
2012年01月30日 月曜日 15:41 by "kazkondo"
といっても自分が引っ越しするわけではありません。
子どもの頃は友達が親の仕事で遠くに引っ越したり、大学卒業する頃は就職や地元に帰るのに引っ越したりして、仲良しだった友達と離れることは何度かありました。
ところが大人になると、というか僕のような音楽の仕事をしていると東京を拠点にしている音楽家は海外にでも行かない限りはほとんどの人が東京近郊にいて引っ越したとしても遠くに離ればなれになるなんてことはあまりありません。会社に勤めてる人は転勤がありますが音楽家は自分の活動拠点を動かさない限りは少し郊外に引っ越したとしても仕事場では会えるわけですから”お別れ”にはならないんです。
しかも僕は学生時代からずっと音楽の仕事しかしてこなかったので卒業してから音楽家、もしくは音楽業界関係の人以外と、知り合うことはあっても友達と呼べるような関係になることはありませんでした。
彼らと知り合ってもう何年経つだろう。といっても最初はたまたまひとりでふらっと入ったレストランのオーナーシェフとその奥さんのマダム。そこの料理と雰囲気がなんだかとても気に入ってそれからカミさん連れてちょくちょく行くようになり、そのうち話しをするようになり、といったって常連客とお店の人というだけの関係。ここまではよくあることですよね。
そのシェフは中野でイタリアンレストランを多いときは3軒、4軒だったか?を経営するベテランシェフで、味とその人柄で多くのファンがいました。
そう、僕が3年前からイタリアワインの新酒ノヴェッロの解禁祝いライブをやらせていただいている中野ジョヴァンニの赤坂夫妻です。
シェフはランチタイムとジョヴァンニが休みの日は自宅を改造したイサオキッチンという名で住宅地でレストランをやっていましたが予約制だしなんとなく敷居が高そうでそちらには行かずジョヴァンニに通っていたのですが、ある時ちょっとした記念にそちらを予約してランチを食べに行きました。住宅街の普通の民家の横に茂った樹のトンネルがありその奥がレストランスペースになっていて、テラス席と屋内と。テラスの奥には手作りのピザ窯。テラスの大きなテーブルの上も樹が茂っています。いっぱつでこの空間、ここが気に入ってしまいました。たぶん誰でもここを見たらなんて素敵なんだろうと感じるでしょう。でもランチにコースを食べるのはやはり贅沢なわけで、それからももっぱらジョヴァンニ通いでイサオキッチンには行きませんでした。
それから暫くしてある日「イサオキッチンでピザパーティーやるけど来ませんか?仲間内しか来ないから」と誘われカミさんと出かけました。実はイサオキッチンは家から歩いて20分くらいの近所でした。「そういえばCD出たんだっけ?ついでに何枚か持ってきてよ」って言われ5枚だけ持って行きました。着くとすでに何組か家族やカップルの方が来ていてそれぞれ紹介され、次々とピザを焼いてくれてワインを飲み、しばらくして人もわりと集まった頃「では改めて、今日は近藤さんのCD発売記念ピザパーティーにようこそ。思う存分飲んだり食ったりしてください。CD買うのも忘れずにね。」って。何のことやらわからなかったけど実はその日が僕のCD発売日で、それを知ってのサプライズパーティー。しかも自分たちの仲間や常連さんを集めてくれて。集まった人たちもその時に趣旨を知ったようでした。
涙出そうでした。嬉しかった。
集まった人たちもそれぞれ初めて会う方達も多いらしく、職業も画家やデザイナー、飲食店やってる人や怪しい会社の社長、など様々です。でもみなシェフとマダムが大好きな人たち。その仲間に入れてくれた、俺たちの仲間だよって、言葉はなかったけど迎え入れてくれたことが嬉しかった。「このオヤジ(シェフは僕より10歳くらい年上なのに酔っぱらうと僕をオヤジと呼びます。ってかこの時からですが)はただの酔っぱらいじゃなくてサックス吹けるんだよ。そこそこいい仕事してるみたい。」とみんなに紹介してくれました。
それからというもの、イサオキッチンには度々、なんてものじゃなくしょっちゅうお邪魔するようになりました。ジョバンニは若いシェフに任せイサオキッチンをメインにやり始めてからは、「終わってからおいでよ」とよく誘っていただき、僕がライブがある日でもお店が終わってからだからちょうどいい時間になるわけです。で、夜中に贅沢にもシェフの料理やまかないなどをいただきワインをいただく。明け方まで飲むことも何度もありました。
お互いお休みの日などは違う店に飲みに行くことも増え、多いときは週に3日くらい、それ以上かな、食事したり飲みに行ったりしてました。なんだかもう家族のような兄弟のような。僕のライブにも来てくれたり、僕が田舎に用事があって帰るときにも一緒に行ったり。
シェフは鹿児島出身で東京で自分の手で店を出し店を増やし自宅レストランをやり料理教室を開き、僕は人生の先輩としてとても尊敬していました。シェフも音楽一筋でやってきた僕をなにか認めてくれていたのでしょう。
シェフはひとつ満足すると苦労して成し遂げたものでもそれを手放してゼロから次のことにチャレンジするような人です。だからこそなのでしょう。ある時「鹿児島の実家、使ってないからそこでやろうと思うんだよね」って。2年ちょっとくらい前だったかな、話されてその時はへぇ〜ってな感じで、離れる実感なんてほとんどなかった。
離れて数十年経つ自分の故郷の田舎で、自分で野菜を作りながらヤギを育てそれでチーズを作り地元の食材で生ハムや薫製を作り自分のやりたい料理を自分のペースで出す、料理人としては最終的に行き着く目的地なのかもしれませんね。
先日、ついに赤坂夫妻は引っ越していきました。車で京都やら広島やら、温泉入りながらシェフ仲間の各地のお店に寄ってのんびり鹿児島まで行くそうです。夜中に出発だというので昼に会いに行った時にはあの素敵な空間のイサオキッチンももうなにも無くなっていてただの木造の古い民家、ここにあの空間があったなんて信じられない。シェフとマダムのセンスの良さ、そして二人で苦労されてあの空間を造り上げていたんだと、初めてそこを訪れたときよりももっと強く感動しました。
お二人のお陰でたくさんのことを学びましたし、たくさんの人と出会いました。そしてたくさんの料理とワインを共にさせていただきました。人生も折り返し点くらいになってこんなに自然に心から友達だと思える人に出会えるとは思ってもいなかった。しかもお互いの夫婦ともにそう思えるなんて。だからなおさら、この別れは辛いです。ま、死んじゃうわけじゃないからまた会えるんですけどね。
もちろんシェフとマダムの新しい門出ですから笑顔でお別れしました。頑張って欲しいです。僕も次に会った時に恥ずかしくない仕事ぶりでいなければいけません。頑張らなきゃ。
夜中1時に出発するというのでポットいっぱいの熱いコーヒーを差し入れしてがっつり握手して見送りました。
赤坂シェフ、マダム高子さん、頑張ってくださいね。そしてたくさんありがとうございました。
「CD発売記念ピザパーティー」とはまだ知らずの盛り上がる前
左:夜な夜な繰り返された飲み会。ある日の「パエリア焼くから食べに来いの会」で焼酎飲むシェフ
右:「僕と犬の誕生会」マダム手作りのケーキに「我ながらオイシそうにできちゃった〜」のマダム
そして別れの日。また近いうちにね。
謹賀新年
2012年01月01日 日曜日 21:22 by "kazkondo"
皆さま、明けましておめでとうございます。
昨年もたくさんのご声援ありがとうございました。
今年はより一層、一音一音心を込めて演奏することを常に心掛けて、より良い音楽ができるよう日々精進して参りたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
本年が皆さまにとって素晴らしい年となりますようお祈りしています。
2012年1月1日
近藤和彦
あ、そういえば私、今年は年男でした。頑張りマス。